自己紹介
わたしは、僧侶です。
九州の山奥の寺院にて11年前に出家いたしました。このブログは、個人の判断で始めたことでもあり、寺院の詳細につきましては勝手ながら伏せさせて頂きます。
わたしの父は技術屋でサラーリーマン、母は専業主婦で、昭和半ばの平凡な家庭で育ちましたが、なぜか人生も半ば以上過ぎて出家することになりました。その経緯は、こちらに簡単に紹介しています。
大学卒業後は、大手電機メーカー研究所から大学講師を10年あまり、それから出家前には自営業を営んでいました。現代は、くるまや飛行機が縦横無尽に行き交い、ネットのような仮想空間を中心にして動いているような世の中です。
そんな世の中にあって、もはや絶滅危惧職種のひとつといっても過言ではない僧侶という職業の選択は、わたしの人生にはありませんでした。そもそも、お坊さんやお寺は大嫌いだったのです。
しかし、不可思議な現象が、家族を含めて次々と起こり、追い立てられるかのようにして出家にいたりました。
出家生活
出家した寺院には小さいながらも僧侶の学校があって、そこで住職より目に見えないものに対処する心掛けや衣鉢相伝の秘儀を学びました。
寺院での修行は別世界でした。その中で、社会では推し量ることもできない、常軌を逸した体験を僧侶たちと共有し、仕事を粛々と進めてきました。そこでの仕事は、やれ幻想だ、やれ眉づばだ、やれ科学で説明できない、などと考えている場合ではなく、命がけで挑む、人間の認知を超えた世界で、この世界の視点や価値観が180度変わっていきました。
寺院にて修行していくうちに、次第にわたしの出家は必然であったこともわかってきたのです。もし、出家していなければ、こころの均衡を保つことなく不幸な人生を送ることになったし、意味もなく転生を繰り返していたことでしょう。
ブログ発信の理由
ところで、なぜこのブログで発信していくのかと問われれば、わたしが属する寺院の信徒になってもらおうとか、高額な壺などを買ってもらおうとか(そんな壺もありませんが)、布教活動を含めて、決して私ごとからではありません。
また、このブログは表題通り独り言であり、人に伝えることを前提としたブログというツールとは矛盾しているかのように映ります。
一方で、この世には、この世以外の世界が歴然として存在し、わたしたちが認識している世界は、ほんの些細な一面にしか過ぎないことを、多くの体験を通して学びました。そして、こうしたわたしの記事が、数限りないブログの中からたまたま読んで頂いた方にとって、気持ちの切り替えの一助、人生の節目にある方にとって、何らかのきっかけになったなら幸甚です。
そんな理由からと私自身の忘備録を兼ねた方法を模索した結果、ブログで独り言をつぶやくのが最良の方法だと思ったのです。
もちろん、
「この世は見える世界だけであり、死ねば真っ白な(または真っ黒な、または無色透明な)色さえも認知できない空慮な空間だけだ。」
と信じて止まない方の信念は尊重しますし、それもりっぱな信念だと思っております。
このブログの記事に関して論争などするつもりは一切ございません。
わたしの体験は、普通ではありませんがわたしだけのものです。何より議論・論争というものは「修羅の世界」であって僧侶が立ち入ってはならない世界なのです。どうぞ、反論や異論はご自分の内に、留め置いてくださいますようお願いいたします。
最後に
このブログは、くれぐれも興味本位で行ってはいないことを書き添えておきます。
どんな方が見ているかわかりませんので、あまり過激なお話しはできないし、しないつもりです。できるだけ事例を選んでいきたいと思います。また、記事の内容次第では、職業柄、説教じみた部分も出てきて不快に思われる方もいるやもしれません。予め、ご了承ください。
さて、ちょっと堅苦しすぎましたね。
仏種従縁起
「仏種は縁に従って起こることを知しめす」
~妙法蓮華経 方便品第二
このブログを通して、少しでもお釈迦さまとの縁がつながり、今後の人生を考えるきっかけになればと願ってやみません。