目に見えない世界を想像してみる

目に見えない世界を想像してみる

はじめに

久しぶりに見たニュースに刺激されてしまいました。今、遠い国で戦争が続いています。結局、人類はウィルスと戦争を克服することができなかったというわけです。

昨今のウィルスも人為的という噂もありますが、それは置いといて戦争は基本的に人が起こすものですので防げるはずなのです。しかし、ひとりのこころの暴走は人類をも破壊してしまう危険性をはらんでいます。

行き過ぎる自分らしさ

その要因のひとつが、自分らしさの尊重です。個性も間違った方向に走ってしまうと人を傷つけてしまうのです。
だからといって、機械人間みたいになって、

画一的に生きてね!

といっているわけではありません。

欲望もほどほどに、分別をもって生きましょうね

という単純なお話しです。

しかし、問題の根幹は、結局分別の判断さえも欠落している現代の世相なんでしょう。お釈迦さまやキリストさまが、数千年前に説いたことを何も学んでいない人類の姿が今ここにあります。その原因は、突き詰めれば、こころが原因の元であることを認識できない人間のサガと目に見えない世界の軽視にあります。

こころが原因の元であることを認識できないというのは、動物と同次元のお話しです。そこで、目に見えない世界の欠落すると何を招いてしまうのか、少し考えてみましょう。

災禍のもと

戦争や犯罪やあらゆるハラスメントで、陰湿な暴力・暴言で相手に対して優位に立ち、自分の及ぶ周囲にまで何とかしようという行為の背景には、この世は巡り巡って最後には自分に降りかかってくるという想像力の欠如が垣間見えます。

一方で、この考え方の背後には、ちょっと功利主義的な面も見え透いてしまって嫌な感じもいたします。しかし、功利や利益で持っていかないと動かない人の世の悲しさです。

邪魔なもの、己の利益に反するものを乱暴な力で抑え込もう、さらには極端に目に見えなくしてしまおうとする行動は、幼稚で浅はかな人類創世記から続く人の営みです。

科学なんて関係ありません。このような行動を月にロケットを飛ばした後の世界でも人類は続けているのです。自分より下に置くことで、目の前からいなくなれば、さらに言うと、この世からいなくなれば解決するという本当に愚かな思想は、なかなか拭うことができません。戦争とは、その極端なあらわれです。

人は、人生を終えてこの世からいなくなってからが、本当の出発点であることを想像すらできていないのです。

おわりに

大多数の人々が、目に見えない世界から見たこの世の視点を失ってしまうと未来の展望は失われていくような気がいたします。

目に見えない世界を想像するということは、自分の未来をより良くする行動へとつながっていくと思うのです。



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