雑記

神社と寺院の違い その1

神社と寺院の違い その1

はじめに

これまで、少しハードな内容が続いてしまいました。書いているわたしが疲れるほどですから、読んでいる方は、もっと疲れてしまったのかもしれません。

息抜きにもならないかもしれませんが、少し目先を変えた話題にしたいと思います。

壮年層から上の年代になると、今更当たり前のような表題ですが、日本でも若年層になるにつれて、どうやら2者の区別がつかない世代も台頭してきているようです。

そこで、僧侶の視点から書いてみようと思いました。

時代の変化

区別がつかなくなってきている背景にあるのは、日本人の漠然とした宗教観を背景とした文化でしょう。

昭和から今日に至るまで、およそ3世代に渡って、結婚式は教会、年末年始は神社、葬式は仏教といったイベントごとに違った宗旨の利用がなされてきました。

仏教の宗派によっては、祈願を行うところもありますから、若い世代に寺院と神社の区別がつかなくなってくるのも仕方のないことかもしれません。

第一回目は、神社を取り上げます。

神社について

鳥居のある風景

鳥居が象徴的なシンボルですね。日本のどこに行っても見かける建造物です。

神域への入り口を示していて、神は鳥居の中心を通って神殿へと赴くとされています。

神の領域は穢れていてはいけない神聖な場所です。基本的に人そのものが穢れのひとつですが、祀るのもまた人です。その折り合いの妥協線上に神社は存在します。

少し霊感のある方ならば、感じられると思いますが、神社はとても冷たい印象の強い場所です。神社は、わたしにとっては、一般にいわれているようなパワースポットとは程遠く、反対に命を吸い取られそうな場所です。

神界の価値観は常識では計り難く、私たちの理解の及ぶところではありません。

お稲荷様

神社に見られるこの鳥居も、たくさん並ぶと意味合いが違ってきます。

お稲荷さんへの道

これは、多くは稲荷神社に見られる建造物です。同じ神社でも、祀られる対象がお稲荷様だと通常の神社と少し意味合いが異なります。

神社のほとんどが、国家の平安や安泰を祈願して建てられたのに対して、稲荷神社は、より庶民の願いに近く、商売繁盛の神様として祀られることが多くあります。

たくさんの鳥居が重なって建てられるのは、祈願してその祈願が叶った際にその祈願者が寄贈したものです。これは同時に、祀られているお稲荷様の実力と同時に威厳を示しています。

お稲荷様の世界には、連綿とした階級制度である神階が存在します。皆さんもお稲荷様に立てられいる”のぼり”などで、「正一位」という文字を見かけることがあるでしょう。これはお稲荷様の身分を表し、連なる鳥居の数がその実力を示しているというわけです。

総じてわたしとって神社を含めた神界は、どちらかといえば怖い世界です。

寺院の神様

ところで、出家してからというもの神社にはいかなくなりました。それは、寺院には、わたしの守護神でもある龍神様が祀られているためです。

叉我分身 無量諸佛 如恒沙等 來欲聴法 及見滅度 多宝如来 各捨妙土
及弟子衆 天人龍神 諸供養事 令法久住 故來至此 爲坐諸佛 以神通力 
移無量衆 令國清浄

~妙法蓮華経 見宝塔品第十一

この龍神様と一般的な神社の神様との違いは、お釈迦さまの脇神として仏道の修行をされていらっしゃる点です。

通常の神様は、祟りますが、仏道修行されていらっしゃいます神様は、人を傷つけるようなことはありません。その代わり、仏道に外れた行いや考えを持ったり、仏の教えに対して邪見にした人などに【捨離】という現象が起こります。捨てて離れてしまうのです。

まとめ

神社と寺院との違い第一回目は神社について簡単に説明してみました。仏界と神界とは明確に分かれていて、人の延長上に仏界が遥か遠くにあるだけで神界とは通じていません。

神社に祀られている神々は、人からは遠い存在です。具体的にはわかりませんが、人とはあまり関係のない創造に携わった役目をされているようです。

少しでも、この記事から神社に対するイメージができましたら幸いです。



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