はじめに
【祈祷】という言葉を聞いたことがあると思います。少し大げさな感じもして、何やら強い印象を持った言葉ですね。
神社では、お馴染みの儀式となっています。神を勧請して、依頼者の願いを届ける神事です。これは、神を祀ってある一部の寺院でも行われていることを、知っている方は少ないと思います。
今回の記事はこの祈祷について、かいつまんで書いてみたいと思います。
祈祷の種類
祈祷と言えば、読経しながら護摩木を火にくべるお焚き上げが有名です。火を扱う場合、通常不動明王が祀られている場合が多いです。不動明王と言えばすべてを焼き払ってしまうほど強い力を持った火の神です。一方で、多くの炎は人の煩悩の火まで付けてしまうので、気を付けてください。
このように神を祀って祈願することを加持祈祷といいいます。日本では密教の寺院を中心に行われていますが、お焚き上げの画像の紹介程度で、どの寺院もあまり公けに出していない場合が多いです。
その理由として、それぞれの寺院の事情は違うかもしれませんが、寺院の開祖やご本尊の教えを広めることとは少し横道に逸れてしまうからと思われます。
時折、わたしの寺院の住職からも末寺の住職を集めては、
お釈迦さまの教えを広める役割の僧侶が、ただの祈祷師になってはならない。
と諭されています。
祈祷の起源
祈祷の歴史をさかのぼっていくとインドのバラモンに行き着きます。
インドでは、古来より人々の願いを叶えるため様々な神を祀っていました。現在でも、ヒンズー教にその面影が残っています。先の不動明王は、詳細は不明で間違いかもしれませんが、アグニ神あたりがその起源ではないでしょうか。
このインドの様々な神々が、日本へと渡来して日本の風土に溶け込みながら浸透してきました。
この仏教系の寺院で多くの神を祀ることは、唯一神のキリスト系の方々には受け入れられない概念のひとつかもしれません。
私たちの寺院でも、龍王様をお祀りしていますが、あくまでお釈迦さまをサポートされている脇神としてですので、ヒンズー教のような多神教というわけではありません。
寺院の多くはお釈迦さまの唯仏信仰
話しは逸れますが、日本では中世の天皇を巡る争いで、祈祷合戦も陰で行われていたようです。決して歴史の表には出てこない目に見えない世界で繰り広げられた日本のおぞましい過去のひとつです。詳細については恐ろしくて書けません。
まとめ
祈祷は神を勧請します。以前にも一度言いましたが、神を勧請する際にはとても慎重にならなければなりません。わたしの寺院の龍王様は仏の修行をされている神々ですので最低限失礼があってはなりませんが、命までは取られることはありません。
わたしは、出家後神社に行くことはなくなりました。それは、寺院の龍王様がわたしの守護神であることもありますが、神々について少し詳しく知ってしまったからです。神に関しては、特に以下の点が用心すべきところです。
神によっては万物の命の境界にアクセスでき、神の価値観と人の価値観とは大きく異なる
神は、命を与えることもできますが、奪うことの方が容易なのです。パワースポットなんてとんでもない。
神社の営業妨害をするつもりは毛頭ございませんが、お参りする神社にはくれぐれも用心ください。
触らぬ神に何とやらです。